LOG IN

創作における、謎の世界に対する2つのスタイル

by yajul


過去何度かtwitterで書いたことがあることなのだけれど、作品の世界の設定において、大きく2つにわけられるのではないかと考えたことがあった。

まずひとつは、

俺の大好きなスタイルだ。最初のインパクトで「何だこれは!?」とセンセーショナルに魅せて、その謎に主人公とともに迫っていくもの。キャラクターたちは、世界の謎を解いていく過程に配置される。己の力を信じ、前進こそが謎を解く鍵であると雄々しく進んでいくタイプのストーリーだ。ゲームっぽい世界観ということになるかもしれない。

対して、もうひとつ

俺の大変に好きなスタイルだ。要するにどっちも好きだ。謎の世界は謎なのだからそれは仕方ないものとして、その中で主人公たちがどう生きていくか、生活していくか、冒険していくか。そういうスタイル。キャラクターたちは、キャラクターたちとの関係性において配置される。世界は世界、俺は俺。今この瞬間をいかに生きるか。たとえ永劫回帰の只中にあっても俺はこの現在を生き抜く覚悟がある、というたくましいストーリーだ。

前者は「世界が話を引っ張る話」、後者は「人間が話を引っ張る話」と言えるかもしれないな。

個人的に、男性作家は前者を描くことが多く、女性作家は後者のスタイルで話をすすめることが多いように感じる。前者は「ワンピース」をはじめ、様々な少年漫画に取り入れられている。後者は、俺はあまり女性作家の作品に詳しいわけではないのだけど「BASARA」や「7SEEDS」、俺の好きな「羊のうた」や「十二国記」、最近読んだところだと「累」も、「謎は謎としてそこにあって、その謎をどう使っていくかの話」になると思う。ジョジョは3部までは前者でそれ以降は後者かもしれないね。荒木先生は女性的だと思う。

だいたいのホラー作品は前者(クリーチャー=世界観なものが多いから)になると思うんだけど、ゾンビ作品は間違いなく後者になるよね。貞子さんの場合は「なんでこんな呪いがあるのか、貞子さんって誰なのか、けっこんしてくれ」というのがメインストーリーになるけど、ゾンビモノだと「ゾンビが発生した経緯はそりゃ知りたいけど、とにかく今はこの状況を生き延びないと始まらないだろ!みんな丸太は持ったな!行くぞォ!」ということになる。このおにぎりがシャケだからちくしょう!

別に「これはこっちだからこうじゃないといけない」みたいな話ではもちろん無いけど、作品(特にマンガ)を鑑賞するときに、どういうスタンスで描かれているのかなーと考えながら見るのは、とても楽しい。


「彼岸島」はいいぞ。



yajul
OTHER SNAPS